勇者は謎の「なにか」を手に入れました。

ぶんしょうをかく
ということを
誰に頼まれたのでもなくする。
別に作家になりたいという訳でもなく
エンデのような物語がかけるわけでもない。
じゃぁそんなことやめておけば
といわれれば
そんな気もするけど
なんとなくまたかいている。

いろんなことについて
「人はその人が出した分しか受け取れないのだ」
ということが確かにあると思う。
「出した分しか受け取れない」
としたら、私が言葉の中から探しているものは
私が言葉を出すことによってしか見つからないんじゃないか
と、
そんな風にも思える訳で。
その理論でいくと、
つまんないもの出しちゃうと
つまんないものをつかんじゃうことになる訳で
さらにそれでいくと
訳のわからないものだしてると
訳のわからないモノしか廻ってこないという訳で。
だからつまりは
ますますワケがわからない
とっちらかった状況になっちゃいる訳である。

とりあえずは
自分の見つけたものを
大事にかくしとく
というのでは、腐るだけで
増えもしない。

たとえ自分だけひとりだけでも
これはすばらしい大事なモノ。
と思える何かを出していかないと
めぐり
みたいなものは
できないんじゃないの?
とて、
ワケがわからないなりに
自分が「大事」
と思ったアレコレを
ここにメモったりする訳である。