まほう

先週土曜日は宣言どおり、
池公園に到着したら雨は止み
なんとなく
くもりときどきはれ。
まほうのつかいかたが
ちょっとはこなれてきたような今日この頃です。

思えば人生最古の記憶あたりから
魔法使いが大好きでした。
コメットさんやチックルチーコ(年がばれます)からはじまって
指輪物語ガンダルフまで。
幼稚園の行き帰り、魔法で信号を赤から青にかえる練習をしたり
そんなこともしておりました。

魔法っていってるけど
それはそういった方が面白いというか
楽しいからであって、
実際に私が使おうとしているモノは、
野生のカン、とか
五感の外にあるもの
とかそういう風に表現した方が近いような気がします。

使い方は意外とカンタン。
感覚をとぎすますために
自分の内側から身の廻りを
入念に整える。
と、簡単にいっちゃえばそんなことの
積み重ねかなぁ。

たとえば、日常生活で
なにげなく使っている色んなモノについて
それが本当に好きかどうか、
今、口に入れた食べ物について
それが本当に食べたいモノだったのか
真剣に考えること。
わずかでも違和感があったら
その違和感の元を探しあてて、慎重に取りのぞくこと。
「ずっとやってきたから」
「みんなやってるから」
「朝ご飯の時間だから」
とかなしです。
ここまではよろしいでしょうか。

たとえば
本当はごはんが食べたいのに菓子パンを食べちゃった。
というひと。
そういう行為には大抵
「言い訳」
ちゅうモノがくっついていますよね。
ええっと、この場合大抵は、忙しくてごはんなんか準備できないから。
というのパターンが多いかな。
なにかに没頭していて、自然と食べるのを忘れていた
とかいう場合はかまわないんだけど
特にカラダという自然から無意識に起こる感覚
(コマーシャルとか外から来るような欲じゃなくてね)
をごまかしてあきらめるとか妥協する
とかいうのは極力避けていただきます。
すぐには無理なら、少しずつ遠ざかる
でもいい。
トイレ行きたくなったら
我慢しない。
会議中でも怒られたっても無視してすぐに行くこと。
とかね。

注意したいのは、一部分だけ変えても
効果はない
ってことで。
あらゆる違和感を少しずつ
いきつもどりつしながらでも
調整していくと
結果、自分の機嫌が良くなる
機嫌がよくなると
他の人や動植物の
心の動きや望むこと、快不快などの状態を
なんとなく察知しやすくなるように思うのです。

たとえば
今この人、
「いいですよ。」
って言ったけど
実際にはいやだって思ってるな
とか。
この植物、この場所は居心地が悪いみたいだな。
とか
そういうことって
機嫌が悪い時にはまずわかりません。
もしくは、自分のことでいっぱいで
わかっていても、
良い対処してあげられないということもある。

まずはほんとうにささいなこと。
たとえば
パンツの素材は
ブラジャーとおそろいなのでポリエステルだ
という、女子では割とフツーの選択肢。
それはそれでホントに心地いいんだろうか。
とか
洗剤を使って洗うと清潔になると思ってるけど
本当に必要だったのか。
食器は脱洗剤(びわこふきんとか、お湯とかでほぼ落ちる)
なのに、自分のカラダは毎日石けん使って洗うことに
何の疑問もないのか。
とか
こういう日常の違和感と疑問を
まぁ、いいか。
とほったらかしにしないで
ちゃんと考えてみることを
自分の心をはじめ、衣食住、すべてにおいてやってみると
ぐちゃぐちゃにからまった糸が
すーっとほどけるような瞬間があります。

そのほどきかた
は、
人それぞれなので
これをやればいい
というようなシンプルなノウハウはないけれど
これは私が実際にやってみて
面白いと思ってることなので
他の人にも試してみて欲しいと思うのです。