たべもののことだけじゃなくて

先週の続きはまだ書かないというのは
たぶん予想通り。
今日はまたたべもののことについて少し寄り道。
でも寄り道がないとわからないこともあるんだよ。
ということで。
ひとつ。


うちの母は昔から
無農薬の野菜や卵をとりよせ、できるだけ添加物の少ない食品を
選んで食事を手作りしてくれていました。
その基礎工事のおかげか、私はこれまで大きな病気もなく
やってこられた訳ですが
実家を離れてひとり暮らしをしているうちに
いつしか食事もぞんざいになり、外食も多くなりました。
帰宅も遅くなると、朝夕さえもできあいのもので済ませたり
これまでのいい食貯金も急速に底をついたのでしょう。
寝不足でもないのに、朝起きるのがものすごくツラかったり
肩こりや生理痛がひどかったり
そんなような、病院に行く程でもない
というような不調が積み重なって慢性化していました。
色んな要素があって、当時は何が悪いのか気がつきませんでしたし
ひとくくりに仕事のストレスで済ませていた気がします。

そんな中、例の大きなルーフバルコニーのあるお家に引っ越しをしました。
台所から六甲山を眺められるその家に越してからは
不思議と台所に立つ機会が増えて
週末にお惣菜を作り置きしたり
お弁当を作ったりしはじめました。
そういう風にしはじめると、
食事に関して、これまで気がつかなかった色々なことに
少しづつ気がつきはじめます。

たとえば、遅い時間に疲れて帰ったある日、
衝動的に板チョコを一枚食べてしまい、他に何も食べずに就寝したことがあります。
すると、翌朝、体が布団にめり込むように重く
しんどくてなかなか起き上がれません。
ああ、コレ、ゆうべのチョコレートのせいだな。
とその時、直感的にそう思いました。

積極的に自炊しはじめてから、菜食が多くなったのですが
これ実は、健康のためというよりも
昼間締め切った暑い部屋の中で、動物性のゴミが腐る臭いがするのを
嫌ってのことだったのですが
そんな食事が続いた後に、飲み会があって居酒屋なんかに行くと
お酒を飲んでいなくても、翌日は調子が悪く、
ひどいときにはお腹を壊したりもするのでした。

こうなってくると、普段何を食べるべきか
ということについて
色々と考えてしまいます。
自分のカラダは、何を食べた時にどんな反応をするのか
すごく意識するようになりました。
そうすると、今度は、体だけではなくて
心も食べ物によって影響を受けているような気がしてきました。
体調がいいと、落ち着いていられるせいか
ささいなことで落ち込んだり、腹を立てたりすることが少なくなったようでした。

お台所の環境が変わったことではじまった変化を思うと
端的に、食だけ変えるというのではなくて
生活全体を見渡し
「気分良く暮らす」
ということがいかに大切か
30越えてようやく少し理解できた気がしました。
いくら仕事をがんばっても、暮らしが壊れていると
結局うまくいかないのだと思いました。
それこそ全部がつながっているんだと。

そんな風に仕事と暮らしのバランスを考える中で
何かを犠牲にしたりしないで
すべてを輪にして循環させる生活はできないかしらと
この頃からそんなことをよく考えるようになりました。
それにはすべてのことを小さく見やすく
自分が把握できる範囲に納めるのがいいような気がしたのです。

そしてまさに、そんな時に
あの不思議な出会いがあったのでした。