あたらしいあそび 其の三

その後姉からメールがあって
先日のブログの件がびっくりだと
またひとしきりのやりとり。
いや、でも、まぁ子どもんときも
違う部屋から同じ歌を歌いながら出て来る。
とか、そういうシンクロはあるよね。
でも今回のは、私と姉、だからというよりも
同時多発的に、結構色んな人がこのことについて
考えてるんじゃないの?
と思った次第ですよ。
ほら、たとえば、何か重大な発明があったとき
その場所とはまったく同じ場所で
同時多発的に、同じ発明がなされている
みたいなことがあるって聞いた事ない?
電話は、グラハムベルの発明だけど
実際には、別の場所で、まったく別の人が
ほぼ同時期にそのしくみを考案してたって聞いた事がある。
つまり神様は、その瞬間に芽生える種を
わりとばらばらと放り投げてんじゃないのかな
この世の中に。
お彼岸の時に、申し合わせたみたいに、いろんな所で曼珠沙華
咲くみたいにさ。
だってあの植物は別にテレビを見たり
メールのやりとりをしたりしてる訳じゃないんだよね。
その同時多発性みたいのは
至る所にあるって思うのだ。

最近思う事に
これは、うずまきの渦が中心に近づいてるみたいなことか
と思う。
急に色んな要素がぎゅっと濃密になってくる感じ。
偶然の出会いとか、同時多発のひらめきとかが
ひんぱんになってくる感じ。
常にバタバタしてないと
落っこちちゃうと思ってたのに
ふと、気がつくと
何もしなくても浮かんでることに気がついたりとか。
いや、ほんと
みんな、
たぶんもう、大丈夫だから
思い切って好き勝手してみたら
良いと思うんだけど。
どうだろう。